Ukiyo-e Educational Catalog · Record 128044
Zeppitsukouhon
絶筆稿本
- Artist / 作者
- Raizan You頼山陽
- Date / 年代
- 1832
- Medium / 技法
- 浮世絵 / Ukiyo-e / Edo / colbase
- Digital record / 画像記録
- 1254 × 3000 px
- Source collection / 所蔵元
- ColBase
- Published by / 公開者
- 水野ナギ
- Rights / 権利
- ColBase Terms of Use
- Attribution / 表記
- Source: ColBase: Integrated Collections Database of the National Institutes for Cultural Heritage, Japan
Catalog note / 解説
材質: 紙本墨書 員数: 1幅 所蔵: 東京国立博物館 頼山陽(名は襄)の肖像画賛の原稿。上は、親友の篠崎小竹に宛てた自筆原稿で、賛の前半部分。文末の「垂死襄上(死にそうな山陽より)」に驚いて小竹は大阪を発ち、9月17日京の山陽宅に到着。23日山陽臨終。下は、後に小竹が揮毫した賛の後半部分である。 (ルビ)垂死すいし、襄上のぼるたてまつる(190204_h082) 上下に分かれて、かなり雰囲気の違う書がしたためられています。これは、親友である2人の人物が書いたものを、ひとつの表装に仕立てた作品です。字から想像して、それぞれの人物は、どんなキャラクターだと思いますか。 上半分は、江戸時代後期の儒学者であり思想家の頼山陽 (らい さんよう・名は襄=のぼる)が死の直前に書いた原稿です。自身の肖像画に書き加える文章(賛文) の案として親友の篠崎小竹(しのざきしょうちく)に送ったもので、文末に「垂死襄上(すいし のぼる たてまつる=死にそうな山陽より)」とあります。墨の濃いところやかすれたところがあり、スピード感のある書きぶりからは、山陽の激しくまっすぐな性格が見えてくるようです。 これに驚いた小竹は大阪を発ち、京都の山陽のもとに駆けつけ、2人は連日語らいます。小竹の到着の6日後、山陽は亡くなります。 下半分は、のちに篠崎小竹が記したもので、2人で作った賛文の続きや、山陽から最後の著作『日本政記』を託されたことなどを記録しています。小竹の書は、山陽のものと比較して端正にととのい、コントロールの効いた安定感ある書きぶりです。 感情がほとばしり勢いのある山陽の字と、理知的で制御さ…
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